サンシャインメドウ

冬は雄大なスキー場となるハワードダグラス山(2850m)
ロックアイスルレイクサンシャインビレッジ駐車場へはバンフからシャトルバスが運行されており、ロイヤルホテルの裏門を出た所にあるモータープールの前の総合バス発着所から8時に出るという。 バスは行き先によって色分けされており、サンシャイン行きの濃緑色のバスは10分遅れで出発した。 バスには数人の乗客しか乗ってない。 カナダハイウェイ1号線はバンフから約20分西へ行くと、穏やかに北西に折れ曲がりレイクルイーズの方面に伸びているが、バスはその手前の分岐点を右に折れ、1号線の陸橋をくぐり抜けてサンシャインの谷へ入っていく。ほどなくしてサンシャインビレッジスキー場のゲート(1600m)の前でバスは止まる。
広い駐車場には車が数台あり、自家用車で来た登山者はここでバスに乗り換えるのだという。 ヒーリーメドウへは、ここから歩いてクリークに沿って上りヒーリーパスへ行く。 バスのドライバーが私にチケットセンターで乗車券を買えという。 20分程待つ間、車で来たグループ数組を加え、20数人が最初にバンフから乗って来たバスに乗り込む。 悪路の5.7Kmを約20分揺られながらサブアルペン地帯のサンシャインメドウズネイチャーセンター(2000m)へ。バスの窓から上部に夏の運転を中止したゴンドラのロープウェイが見えかくれする。 終点についた後、ロッジでトイレを済ませ、半分雪に覆われた遊歩道を上って行く。 登山道はバス道路よりも立派である。 写真を撮りながら30分ほど登ると、開けた見晴らしのよいシタデルパスとロックアイスルレイクの分岐点に到着した。 何も遮るものがない広大なメドウが広がり、先に出発していた4人組の高校生や数人のグループがシタデルパスの左方向のトレイルを歩いて行くのが見える。 みんな大きなザックを背負っており、3泊〜5泊のキャンプをしながら名峰アシニボインの基地となるレイクメイゴックを目指すのだと言っていた。 途中ハワードダグラスレイクキャンプ場、シタデルパス、ポーキュパイン(ヤマアラシ)キャンプ場、ウインデイパス、オグパス、を経てレイクメイゴックに至る。 日本アルプス銀座コースとでもいう様な人気トレイルに当たるらしい。 山好きな人にとって、一度は挑戦してみたいロングコースである。 私は分岐点から右に行きロックアイスルレイクのビューポイントで写真を撮った後、再び分岐まで引き返し、名峰アシニボインに少しでも近づきたい一心で、シタデルパスを目指すことにした。 森林限界を超えたメドウは樹木が無く遮るものがない。遥か数キロ先まで見渡せるのだが、既に先行者の姿は見えない。 一人で花や地リスの写真を撮りながらの孤独なハイキングになってしまった。
広いメドウにはウエスタンアネモネが咲き競っている クオーツヒルの手前で下りとなり、小さなスプルースの森の中に入り、そこを抜けると高山植物が咲き乱れる美しいカール状の草原に出た。 ウエスタンアネモネ、グレッシャーリリー、インディアンペイントブラシ、パープルフリーベン、アルペンバターカップなどが咲いていて、時間を忘れ夢中でカメラのシャッターを切る。 その地点から、ハワードダグラスレイクの手前の丘を登る一帯が雪に覆われていて踏み跡もまばらであり結構深く潜る。 それに森の中をずっと一人で行動していることで、少し熊に対する恐怖心を感じてきた。 結局シタデルパスを諦めて戻ることにした。 再び広いメドウに出て、ロックアイスルレイクには最短距離で草原を横切って行くことにした。
ウエスタンアネモネのお花畑の中を行くと、グランドスクリエル(地リス)が自分たちの縄張りへの闖入者に驚き、あちらこちらへと跳び回っている。 それに、リスは恋の季節でもあるらしい。 途中の岩場で腰を下ろし、左右に展開するリスの追い駆けっこを見ていると飽きることがなく、その数の多さに自然の豊かさを感じる。 ロックアイスルレイクには8人程の日本の熟年おばさんグループが、若い男性ガイドを伴って来ていた。 道のない反対方向の丘から突然一人で現れた私に驚いた様であった。 おばさんグループはそこの景色を眺め、写真を撮って満足し引き返して行った。 私はロックアイスルレイクを右に回り込み、下方の湖へ下って行く。途中残雪が多いためショートカットをしたりしながらグリズリーレイクに到着。 静寂な中、背景の山々と相俟って実に美しい景色であり、幸せな気分に浸っていたが、ふと気が付くと、湖の周りの遊歩道の、残雪の上に全く人の踏み跡がない。 静寂は良いのだが、静寂過ぎるのは考えものである。 湖のグリズリーという名前からして再び恐怖感に襲われ臆病風に吹かれる。 持って来た鈴を鳴らし、誰も居ないことをよいことに大きな声を発し、笛を吹きながら次の湖へ向かう。 林の中をクロテンが横切って駆け抜けた、熊でなくて良かったと思った。 一人旅は面白いが、こんなに心細い思いをしたのは初めてであった。 3つの湖の周遊コースを踏み跡のない残雪を踏んで辿る。 上のラーチレイクに着くとアメリカから来たという若い男女4人のグループがいた。 何とも情けなく意気地のない話だが、救われた様な気がした。 その後、あわよくばヒーリーパスへも行ければと思っていたが、サンシャインビレッジの最終バス時間が15時ということで、スタンデシュビューポイントも省略し、引き返すことになった。 終日天気が良く、写真はデジカメもスライドも十分撮影できて良かったのだが、欲張りな私にはチタデルパスへもヒーリーパスにも行けず、多少心残りの一日であった。

荘司 昭夫

日本山岳会、日本ヒマラヤ協会、鳥海山の会会長、秋田県山岳連盟副会長、本庄山の会会長。アコンカグア、マッキンレー、キリマンジャロ、モンブランなど五大陸最高峰を中心に活動。地元の鳥海山には通年で1千回以上の登山経験がある。